本当はリアルなシンデレラ

シンデレラの物語の原型は世界各地に古くからあるらしいが、それらの話とは違い、シンデレラ物語は中世、近世初頭のヨーロッパ社会に応じた設定になっているのに気づく。

シンデレラ物語というと貧しい娘がお金持ちや名家の坊ちゃんと結ばれる玉の輿を想像するが、よく考えてみると違うのである。シンデレラの家は、お城から舞踏会の招待状が届くくらいの貴族かそれに準じる豊かな家で、継母の意地悪で、召使同然の暮らしをさせられ、舞踏会にも連れていってもらえないだけなのだ。

継母とその連れ子の義姉2人は悪い人なのだろうか?あまり、良い人ではなかろうと思うが、同情すべき点はある。おそらく継母の前夫、つまり義姉たちの実の父親は裕福でなく、財産を残さなかったのだろう。あるいは男子限定・限嗣相続のため、前夫亡き後、財産は男系の親族に相続されてしまったのだろう。この家にきても堂々と召使を従え、舞踏会に嬉々として参加しているところを見ると身分そのものは、シンデレラの家と同格以上だったと思われる。

男子がいないこの家では、父の亡き後、家の財産は全部がシンデレラの物になるはずなのだ。通常、世襲財産というのは限嗣相続で述べたように、血統に基づいて伝えられていくもので、当主の遺言で残せるのは世襲財産ではない若干の動産だけなのである。

この部分が中近世の欧州を舞台にしたポイントで、落窪物語などと違い、彼女のライバルとなるのが、父と継母の間に生まれた姉妹ではなく、相続権のない連れ子の義姉たちだということである。仮に父と継母の間に妹が生まれていたとすれば、継母はシンデレラを殺そうとして別の話になってしまうだろう。

ジェーン・オースティンの「分別と多感」(邦題「いつか晴れた日に」の映画もある)の主人公一家を考えると継母たちの立場が良く分かる。家を継ぐ長男は、主人公姉妹の異母兄であるのに、兄夫婦に居候する形になったのがつらくて、一家は田舎のコッテージに移るのである。

2人の姉にしてみれば、単に運良く生まれたというだけで、莫大な財産を相続することになるシンデレラが妬ましく、つい意地悪したくなったのかもしれない。そして、彼らの立場からすれば、父が亡くなれば、素寒貧で放り出される運命だけに、今の間にできるだけ贅沢をしておきたく、そして、自分たちを美しく着飾り、財産のある男性と結婚することが唯一の彼女たちの希望であり、ライバルとなりうる美しいシンデレラは連れて行きたくないのである。

もちろんもう1つの方法として、シンデレラに媚を売り、父亡き後も自分たちの面倒を見てもらうように頼む手もあるが、プライドの高い彼女たちはそれをしたくないのだろう。

いじめや嫌がらせをする人は、相手の反応を見て楽しむものだが、どうもシンデレラは、文句も言わず黙って従っていたようだから、性格の歪んだ継母と義姉からは、シンデレラが心の底で素寒貧の継母たちを軽侮し、財産を継いだ暁には、仕返しを企んでいるのではないかと感じられ、薄気味悪く、一層、嫌うことになったのかもしれない。実際、耐えてさえいれば、最後に笑うのはシンデレラなのだ。

世のシンデレラストーリに憧れる人には気の毒ながら、シンデレラは実は、魔法使いとカボチャの世話にならなくとも、最初から莫大な財産の相続人で美貌を兼ね備えた恵まれた生まれ付きなのだから。

最新

ページのトップへ戻る