騎士道精神とレディファースト

欧米の女性に対するマナーとしてレディファーストと言うのがあるが、日本が欧米に対して交流を始めた明治時代では女性が男性の世話をするのが日本の常識であり、かなり困惑しただろう。

現代では少々時代遅れというイメージがあり、その発祥について、しばしばシニカルなジョークがネットなどで散見される。

有名な物の一つが、陰謀や暗殺が盛んだったルネサンス時代に女性を先に行かせて警報*1や盾の代わりにしたという解釈で、今一つは心中の際に男性が先に死んだ所、女性が気を変えてさっさと別の男性と結婚してしまい、それを聞いた人々が(自分がやるなら)「女性を先にすべきだ」と囁きあったというもので、いずれも女性への敬意とは正反対の理由だとしている。

*1 鉱山のカナリアのような役割か

もちろん、これはジョークであり、基本的には騎士道精神における「女子供など弱者の保護」と「貴婦人への敬愛」から来ている。騎士道精神と言うのは、実のところ騎士が戦士であった時代には騎士道物語(ロマンス)にしか存在しなかったのだが、戦士としての役割が薄れ始めた中世終期から、戦力の中心となり始めた低い出自の歩兵と自分達を区別するアイデンティティとして実践し始めたものである。

紳士というのは騎士の後継者であり、直接的な戦士(軍人)ではなく、騎士・貴族の出身でなくとも、心に名誉、誠実、勇気、慈悲と言った騎士道精神を持つ者のことなのである*2。

*2 元はジェントリ階級に属する者のことだが、やがて出自を問わず、紳士的な服装と行動を維持できる者のことになった。

諸説の1つとして、危険があった際は「女子供を先に避難させため」と言うのがあり、タイタニック号の遭難時にこの言葉が使われ、その印象が強く残ったためとも言うが、現在のレディファーストは平時のマナーで緊急時は含まれていないし、有名な事件や人物が出てくるのは概ねガセである。

基本的な考えとして、女性が何かをする際にはエスコートする男性はその介助をすべきだという考えがあり、従って男性が自分のことをするのは後になると言う訳である。

実際の所、ルネサンス期にどういう風習があったのかは知らないが*3、エスコートをする男性は女性の横を歩くのであり、ドアがあった場合、男性が先に行ってドアを開き、中の安全を確認した後に、手でドアを抑えながら女性を先に行かせるのがマナーであり、警報や盾の代わりでないのは明らかである。

*3 表面的なマナーが形成された時代でもあるのだが、騎士道とは正反対の権謀術数の時代だったため、そういう発想があってもおかしくはない。

また、女性が椅子に座る際に、その椅子を引いて女性を座らせてから、自分が座るのがマナーである。これらは女性が動きにくく、ヒラヒラしたロングドレスを着用していた頃に*4、物に引っかからないように男性が介添えした習慣がレディファーストという言葉に残ったのだろう。

*4 レディとは上流・紳士階級の女性であり、労働者階級の女性は含まない。

本来はそのような介助は召使がやっていたのだが、近代になって召使を使える層が減る一方、レディが属する紳士階級が広がったため、男性が代わりを勤めるようになったと考えられる。

現在では女性も動き易い格好をすることが多く、慣習だけがマナーとして残ったために、何のためにやっているのか欧米人自身、分からなくなって来ており、上述のようなジョークが生まれ易くなっているようである。

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