限嗣相続(entail)の根底となる考えは世襲財産相続制度において当初から存在するものである。すなわち世襲財産は相続権のある一族全体の財産であり、現所有者はその使用権を有しているだけである(つまり地代や利子は消費、譲渡できるが土地や元金は処分できない)というもので、当主は相続した財産をそのまま次の代に残すことが求められた。従って、財産の処分においては、一族の同意が必要であり、勝手な処分はしばしば争いにつながっている。限嗣相続はその相続のための条件(売却、分割の禁止や相続順の設定など)を明確に指定することで、勝手な処分や相続争いを避けることを目的としており、主に不動産(農地、屋敷)で指定された。欧米では女系の相続権もあったため、ある人間の元に複数の財産が集まることがあるが、限嗣相続のためそれらは1つにまとめられることはなく、それぞれの条件に従って、別の人間達に相続されることもある。
近世、近代のイギリス小説にはジェーン・オースティンやホームズ物など限嗣相続が重要なキーとなっているものがあるが、これは中世の封建的方式を近世、近代に持ち込んだ形の限嗣相続の問題がテーマとなっている。また欧米の小説によく、顔も知らない遠い親戚からの遺産が突然転がり込んくるという話があるが、これも明確な相続順位が設定されているためである。
一方、日本の封建制でも基本的な考えかたは同じなのであるが、家督制度と養子相続制度*があるため、世襲財産は全て家督を継承する人間に相続され、男子がいない場合は女子の婿養子か親族から養子をとって家督を継承させることになり、その判断は当主に委ねられているため、限嗣相続のような順番付けを設定する必要性は少なかった。
* 欧米では養子は孤児を養育することを目的としており原則、相続権はなかった。血統を重視することに加え、キリスト教的に庶子に相続権がなく、養子相続という抜け道も許さなかったためともいえる。一見、養子が跡を継いでいるように見える例もあるが、これは相続権を持つ親族を養子にしたためで、養子として相続している訳ではない。実子がいるのに多くの養子を育てる例があるのも慣習的に財産問題が生じにくいためである。
ところでホームズ物には、妻の財産を1人娘が相続し、その後見人を父親が務めている場合、娘が嫁に行くことで財産を失うことを恐れて結婚をさせないようにしたり、実際は監禁したり、殺しているのに(死亡がばれてしまうと財産は妻の親族に移ってしまう)病気療養と称するといった事件が描かれたりする。このような相続財産に関して発生するドラマは小説の恰好のネタであった。ちなみに日本の場合、財産は一旦、当主の父親のものとなり、娘には婿養子をとることになるが、継承は父親の死亡か隠居によるため、上記のような問題は発生しない。