ジプシー - ロマ民族

かってはジプシーと呼ばれ、現在はロマ民族と呼ぶべきとされるが、ロマ(Roma)と言うとローマやローマ人、ルーマニア(Romania)*1などと紛らわしいため、ジプシーで良いんじゃないかと思う。ロマというのは彼等の自称の1つで*2、全てのジプシーと呼ばれた人々がロマと自称しているわけではない。

ジプシーという言葉はエジプト人を意味し、かってエジプトからやってきたと思われていたためだが、実際はインド北西部を起源とするため誤りであることと蔑称として使用されてきた歴史があるため使うべきでないとされるが、日本ではロマ民族が存在しないせいもあり、ジプシーと言う用語は一箇所に留まらない流浪の人々、自由人と言ったニュアンスを持ち、必ずしも否定的に使用されてはいなかったように思われる。

*1 ルーマニアは東欧に残ったラテン民族でローマ人の国と言う意味である。
*2 ロマ言語でロマは人を意味し、ローマとは関係ないようである。

ジプシーと呼ばれる人々は、元はインド北西部に住んでいたが何らかの理由*3で移動を始め、12世紀頃に小アジアに移住し、13~14世紀頃にはギリシア、ブルガリア、セルビア、ルーマニアなどに現れており、しばしば奴隷、農奴*4として定住していたようである。ところが、15世紀のオスマン帝国の侵攻により、彼等もそこから逃れて大規模な移動を始め、西欧の記録に現れることになり、ドイツ、フランス、そして16世紀にはブリテン諸島、北欧、東欧にまで広がっている。また一方でアフリカ経由のグループが15世紀頃にイベリア半島に現れている。

*3 ガズニ朝の圧迫を受けて移動を始めたという説もある。
*4 モンゴル帝国の奴隷として連れてこられたという説もある。

彼等はインド系のロマ諸語を話し、ヒンズー教に基づいた慣習と社会を持っており、キリスト教とゲルマン・ラテンをベースとする西欧世界にとって非常に異質な存在だった*5。西欧で生きる上でキリスト教に改宗し、現地語をある程度話すようになっても、自分達の習慣を維持したため*6、現地の人々と融和することなく、警戒・差別を受けることになった。また基盤には異教的要素が強く残っており、占い、まじないと言ったキリスト教的には異端、魔術の要素を持つ行為を続けたため、教会からも良くは思われていなかった。当初はオスマントルコのスパイと思われたこともあり、また移動の性質から疫病の源と見なされることもあった。

*5 ユダヤ人も同様に異質な存在であるが、西欧人との共通点は多い。
*6 もっとも、習慣を同じくして完全に同化すれば、もはやジプシーとは呼ばれなくなる。おそらく、そういう人々もいたであろう。多くの国で同化政策が取られており、現在のジプシーは同化しなかった人々である。

ジプシー達が移動生活を送ったのは、既にそれに慣れていたこともあるが、定住民がこのような異質の存在が近くに定住することを好まなかったため、移動生活を強いられた面もある。彼等は生業として旅芸人(音楽、ダンス)、占い、手工芸、鍛冶などを行ったが、言語、習慣の違う異質な人々が集団でやってくることは定住民に不安を与え、争いが起こることもあり、また盗みを行う者も多かったと言われる。

盗難が発生するとまずジプシーが疑われるせいもあり、意図的に罪をなすりつけることもあっただろうが、前近代においては、犯罪の追求は発生した地域のみに限定され、広域な手配などは行われなかったため、非定住者にとっては遣り得の面があり、ジプシー達が盗みを生業の1つと考えたのも仕方の無いことである。

こうして定住民にとってジプシーは泥棒や詐欺師と同義となり、一層、嫌悪と迫害が強まり、各地で追放、入国禁止、断種・避妊手術、強制同化(言語、民族衣装、移動の禁止、ジプシー間の結婚の禁止、子供を親から取り上げて養子に出す)と言ったエスニック・クレンジング(民族浄化)が行われることになった。

このためジプシーはユダヤ人と同じく、新大陸に移住したり、民族・宗教に寛容だったポーランド=リトアニア*7の領域に移住する者が多かったが、これらは第二次世界大戦中にナチスの占領地となり、多くのジプシーが強制・絶滅収容所に送られ虐殺されることになった*8。

*7 現在のバルト三国、ベラルーシ、ウクライナを含む。
*8 ユダヤ人の虐殺は徹底的に調べられているが、ジプシーには統一した団体や記録がなく不明な部分が多い。

ユダヤ人とは違い、ジプシーの問題は現在でも解決されていない。彼等の多くは移動生活を止めて都市部に定住しているものの現地住民には溶け込まず、独自の習慣・言語により現地での教育や就職率は非常に低く、最底辺層をなしている*9。そのため犯罪の温床と見なされ、また社会保障費を多く費やしているため他の低所得層からも不満を持たれている。現地人がジプシーを信用せず、まともな職に採用しないせいもあるが、ジプシーの方も勤労が美徳という考えはなく、低所得の職に付くより社会保障を受ける方を好む傾向がある。

*9 ユダヤ人は差別されながらも高い教養・専門知識や財力により一定の尊敬を受けていたのとは対照的である。少し前の米国の黒人と立場は似ているかもしれない。

このため、現在でも治安維持の観点や社会保障費の圧縮のためにジプシーの追放、入国禁止はしばしば行われており、強制ではないものの避妊手術が推奨され、生活保護などの社会保障の条件とされることもある。EUの加盟国内では原則、移動は自由であるため、ジプシーの多い旧共産国の加盟によるジプシーの移住は先進国の加盟国を悩ませる問題となっている。

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