西欧の人名 etc

日本人は人を名字で呼ぶことに慣れているため、ついサダム・フセインをフセインと呼んでしまったりするが、フセインは父親の名前で、本人はサダムなのである。またマリー・アントワネットをアントワネットと呼ぶ人もいるが、これは複合名で併せて一つの名前で、家名はハプスブルクまたはオーストリアである。ジュリアス・シーザは英語でそう呼ばれるため、ジュリアスと言う名前かと思っている人がいるが、ラテン名ユリウス・カエサルのユリウスは氏族名、カエサルは家名で、名前はガイウスだが、何故かあまり知られていない。

中華文明では早々と姓の概念ができたため、あるのが当然だと感じがちだが、世界の歴史では名前だけで、必要に応じて、サーネーム(後ろの名前) - 父親の名、氏族名、居住地、出身地、領地、職業、仇名など - を付け加える形式が多い。

それが文明世界になると徐々に複雑化し、例えば、ローマ帝国では、個人名・氏族名・家名・仇名といった仕組みになったが、ゲルマン社会となった中世になると再び単純化し、名前とサーネームの形式に戻った。個人毎に付くサーネームは家名のように呼ぶべきではないとして、赤毛のエーリクとかオッカム(単なる出身地)のウイリアムとか呼ぶ人もいるが、ユーグ・カペー(マントのユーグ)のように子孫が家名として採用することも多い。

仇名には、チビ、デブ、ハゲと言った悪口としか思えないものもある。もっとも日本の先人たちは、これを短躯王、肥満王、禿頭王などともっともらしく表現している。当然、1人の人間が生涯で複数の仇名をもつこともあり、後世にどれが残るかは、最も有名なものが自然に残るか、後世の歴史家や子孫が適当なものを選ぶかである。例えば、ノルマンディ公ウイリアムは庶出の子であったため庶子公と呼ばれていたが、ノルマン・コンクエストの後は征服王と呼ばれている。ひょっとして庶子公と呼ばれるのが嫌で征服を行ったのではないかと思うくらいである。

これが、近世に入ると特に貴族は複雑になり、個人名はファーストネーム以外に父方、母方の祖父母などから貰らったセカンド、サードネームやそれらをつないだ複合名(ジャン=ピエール、メリー=アンなど)などが付き、サーネームも母方の家名をミドルネームとして入れたり、領地名が家名とは別に入ったりして、非常に長いものになった。

例えば、ウイーン会議のオーストリア宰相メッテルニヒのフルネームは、クレメンス・ヴェンツェル・ロタール・ネーポムク・フォン・メッテルニヒ=ヴィネブルク侯爵・ツー・バイルシュタインで、フランス革命のラファイエットは、マリー=ジョゼフ・ポール・イヴ・ロシュ・ジルベール・デュ・モティエ・ラファイエット侯爵である。もっとも、これだけ長くなると、却って、メッテルニヒ、ラファイエットと簡単に呼ばれることになる。

家名は、中世ヨーロッパでは、12世紀頃から貴族で広まり始め、15~16世紀には庶民も付けるようになった。貴族ではその時点の領地名であることが多いが、庶民では当主や祖先のサーネームを採用することも多く、その結果、カーペンター(大工)さんが、歌を唄って大ヒットを飛ばしたりすることなる。

英語圏ではキング、デューク、ビショップなどの家名もあるが、これは先祖が王、公爵、司教だった訳ではなく、神秘劇*1においてその役をやっていた人のサーネームとなって、家名として定着したらしい。

*1 聖書の物語に基づいて教会などで行った演劇。

父親の名前からくるサーネームは、それぞれの言語毎にスコットランドのマック(Mac)、アイルランドのオ(O')、イングランドやフランスのフィッツ(Fitz)、イングランドや北欧の~ソン(son)などがあり、それぞれマッカーサー、オコナー、フィツジェラルド、エリクソンなどの例が挙げられる。

ドイツのフォン(von)やフランスのド(de)は、元々は単に地名に対する前置詞で、誰のサーネームでも使用されていたのであるが、家名となる時に、所領を有している貴族が中心となり、やがて近世に入るとドイツでは貴族以外の使用を法で禁じており、フランスでは法定ではなかったが、貴族は登録されているため、登録されていないものがドの家名を名乗っていると貴族を騙っていると見なされるため、事実上、貴族のみが使用するようになった。一方、イギリスでは、当初はノルマン貴族はフランス語を使っており、サーネームにもドが入っていたのであるが、英語が使用されるようになると意図的に残した家を除いて使われなくなった。貴族は全て爵位を持っているため、名乗りに爵位を入れることで貴族であることを示せるからであろう。

名前の方は、クリスチャンネーム(洗礼名)はキリスト教関係(聖書の人物や聖人など)の名前から取られるため、非常に限定されており、そのため、スティーブンがステファン、ステップ、スティーブ、エリザベスがベス、リズ、イライザなど、略称(愛称)が広く使用された。また、複合名やセカンド、サードと言った複数の名前を組み合わせることで、競合が少なくなるようにしている。

名前の順番は中央アジア系であるハンガリーのみがサーネームが先にくるが、ハンガリー人はドイツ系の文献にも良く出てくるため、名前を先にした方が収まりが良いようである。ちなみに同じアジア系のフィンランドでは名前が先にくるようだ。

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