西洋の悪魔や魔王と言った類のものは、既に日本においても様々な作品でお馴染みになっているが、それらは多様に表現されており、何が正しいのかとの疑問が生じるようだ。元々、空想上の物のため何が正解とは言えないが、ユダヤ教・キリスト教の聖書・聖典に記された宗教的な解釈をベースに悪魔学*1や魔術書が作られ、「神曲」や「失楽園」のような文学作品が作られ、それらの二次創作物として小説、映画、ゲーム、漫画、アニメ、ラノベの題材となり、現在では様々な多神教神話、怪物・妖精の類やクトウルフ神話まで混ざって混沌の状態である。
*1 学問と言うより、当時の厨二病患者の創作・妄想と言った方が良さそうだが。
悪を行う魔物という意味なら、世界の色々な宗教・神話に存在するのだが、多神教やゾロアスター教*2であれば、それは悪神であったり、一つの神の中に善悪の両面があったりする。例えば、適切な祭祀を行わなければ、豊穣を司る神が飢饉を招く祟り神と化すことになる。
*2 ペルシアを中心として広まった宗教で、悪と善が同等に対立する二元論の二神教で拝火教とも呼ばれる。
一神教においては、唯一神は全知全能の存在であり、それなら何故、悪が存在するのか、あるいは悪魔という存在を許しているのかと言う命題が神学に存在する。
ユダヤ教においては、神が人の信仰を試したり、不信心・不道徳な人々を罰するために、災いを起こす天使がサタンなのである。サタンはヘブライ語で告発者・敵対者の意味で、これがギリシア語でディアブロと訳され、英語ではデビル=悪魔に変化している。
ユダヤ教では、唯一神は嫉妬深い厳しい神であり、アブラハムの子イサクを生贄として要求したり、善人のヨブにあらゆる不幸を与えてその信仰を試し、不信心・不道徳と思えば、ソドムとゴモラのように町ごと焼き尽くしたり、大洪水を起こして一握りの信心者(ノア一家)以外、人類を皆殺しにする神だった。
これがキリスト教になると大切な一人子(イエス=キリスト)を送って、罪深い人々を赦し救おうとする心優しき神になるため、悪魔の性格も変わり、神に愛される人間に嫉妬して*3、あるいは神に等しいと思い上がって、神に反抗して地下に堕とされた天使(堕天使)とされ、人々を誘惑し*4、神の教えに背かせようとする邪悪な精霊(evil spirit)*5となった。
*3 人間が神の姿を写して作られ、アダムまたはイエスが神の寵愛を受けることに嫉妬した。
*4 イエスに対しても荒野において40日間の誘惑を行ったが退けられている。
*5 悪霊と書くと違う意味になりそうである。良い精霊が天使である。
聖書では、創世記の蛇*6や黙示録のドラゴン、獣はサタンが化けたもの*7であり、また、中東の他民族の神であったベルゼブブやベリアルもサタンの別名*8であるとされている。またリバイアサンやベヘモトなどの巨大な怪物もサタンの多様な姿の一つと見なされた*9。
*6 アダムとイブに禁断の果実を食べさせ、楽園から追放されるように仕向けた
*7 あるいはサタンの様々な姿
*8 あるいは、サタンを「神に敵対する者=悪魔」の意味の一般名詞として使っている
*9 ベルゼブブは蝿の王、ベリアルはソロモン王に使役されたとの伝説がある。リバイアサンは海、ベヘモトは陸の巨大な怪物。
一方、イザヤ書などで「輝く者が天より墜ちた」とあり、「輝く者」はラテン語でルシファーと訳されたが、同時にルシファーは明けの明星=金星*10を意味したため、堕天使を表す固有名詞のように受けとられるようになった。このため、サタンの堕天前の天使としての名前がルシファーと見なされるようになった。
*10 「明けの明星」はバビロニア王の称号だったようで、ユダヤの民をバビロン捕囚にしたため、バビロンは悪徳の都とされ、その王の称号が悪魔の別名とされたようである。
つまり、聖書においては、概ね、悪魔(デビル)=サタンという存在は1つで、様々な名前や姿を持つとされる。邪悪な精霊は一般的にデーモン*11と呼ばれるが、偽典「エノク書」などでは複数の天使が堕天しており、堕天使の長サタン=ルシファーが配下の天使を率いてキリストまたは大天使ミカエルに挑んで敗れ、配下共々、堕天したとされると、サタン=ルシファーはデーモンの長と見なされるようになった。
*11 ギリシア語の精霊(daemon)から来ているが、デーモン(demon)は邪悪な精霊の意味となった。
中世終期から悪魔への興味が強くなり、悪魔学が研究されると、天使の階級に合わせてデーモンの分類が行われ、サタンもルシファー*12もベルゼブブやベリアルもそれぞれ別のデーモンとされ、魔界での位置付け(称号)、性質、召喚方法などが考え出された。それらを記述したものが魔術書(グリモワール)で、中でも「ソロモンの小鍵」で紹介された、ソロモン王が使役した72柱のデーモンが有名で、後の多くの創作物で使用されている。「七つの大罪」に割り振られたデーモン*13やサタンと同一視されたベルゼブブなども魔王クラスとされる。
*12 但し、サタン=ルシファーは根強く残り、失楽園でもそう描かれている。
*13 ペーター・ビンスフェルトによる割り当てでは、傲慢 ルシファー、強欲 マモン、嫉妬 レヴィアサン、憤怒 サタン、暴食 ベルゼブブ、色欲 アスモデウス、怠惰 ベルフェゴールだが、多くの異説がある。
デーモンとされたものの多くは、元は中東・エジプトの神々で、ベルで始まるデーモンは中東の神を意味するバールから来ており、アスタロトはイシュタルから、アモンはエジプトの神、フェニックスはフェニキアの不死鳥である。
デーモンの姿には決まった形はなく、異教の角のある神のように角や蹄や山羊の頭部を持ったり、動物を組み合わせた姿で描かれたりするが、人間型で描かれる場合は、頭部に角、蝙蝠のような翼、尖った尻尾を付けられることが多い。近年では色は黒のイメージが強いが、かっては黒はむしろ聖職者の色で*14、緑や赤が多かった。
*14 司祭・修道士のカソックは黒色である。
悪魔に願いを叶えてもらうには、魔女のように悪魔と契約して魂を売り渡すイメージがあり、悪魔崇拝と見なされ、近年には実際に悪魔(教)信者*15というのも存在するが、魔術書ではソロモン王のように、デーモンを拘束して使役する方法を教えており、必ずしも神やキリスト教に反するものではない。
*15 但し、悪を崇拝するのでなく、無理な禁欲を要求しない、より人間の自然な欲求に忠実な存在としてサタンを崇拝している。
近世以降、単に神に反抗する悪ではなく、「失楽園」のようにサタンの人間的な面が評価されるようになり、神に絶対服従する天使に対して、自我を持ち自由を求めて反抗する革命家とされたり、禁断の知恵の実を勧めたエデンの園の蛇はギリシア神話のプロメテウスに比され、人間に知恵と意思を与えた存在と見られることもある。人間に厳しい試練・苦難を与える神に対して、人間に同情してその望みを叶えようとする者として、善悪を逆転させた作品なども見られるようになった。