いつの世も、権力や財産のある人々にとって結婚は重要な問題であるが、とりわけ女系相続のあるヨーロッパにおいては重要であった。
婚姻の目的というのは2つあり、1つは世襲財産を継ぐ者の相続権を明確にすることで、正式な結婚により子供の両親を明確にし、正式な結婚による子供(嫡子)をそれによらない子供(庶子)と区別するものである。
今1つは、2つの家が同盟関係を結ぶことで、新たな血族関係*1を作ることにより両家の力を強化するものである。いつの時代でもそうであるが、特に自力救済、集団安全保障の世界では、新たな血族関係を作ることは命運に係わる問題であり、力の弱い(格下の)家と結ぶと一族全体の力を下げてしまうため、結婚は常に一族全体の関心事とされる。つまり、婚姻というのは、2つの家・一族が協力関係を作ることが主で、その証拠として双方の人間が結婚するのであり、当人たちは従なのである。
*1 子供が生まれるまでは、義理の関係で、子供が生まれれば実の血族となる。
これを2つの会社の業務提携と考えると理解し易い。足りないものを相互補完するか、2つ合わせることで圧倒的な力を得るか、あるいはシナジー効果を期待するか、いずれにしろ、社長同士に個人的な好き嫌いはあったとしても、業務の必要性が最優先で、個人的感情を優先する人間がいれば不適格な人物と見なされるだろう。
従って、ヨーロッパの中近世の歴史を調べる場合、人物の母親と妻の実家を確認することが非常に重要となる。母親の実家とは父の代に同盟を結んでいた訳であり、現在も彼自身がその血統を引いているため、親しい関係にあることが多く、さらに、そちらの相続権が入ってくる可能性がある。妻の実家は現在の同盟者である。
これが女性相続人の結婚となると、2つの家、所領、そして王侯の場合は国が合わされるのであり、労せずに規模を拡大できるため、豊かな所領を持つ女性相続人の求婚者は引く手あまたであるが、女性相続人(とその周りの人)にとってもその判断は一大事である。これは、女性相続人側の家が併合される訳ではなく、多くの場合は、そのまま別々に管理されるのであり(国の場合は同君連合)、企業を例にすると、合併ではなく、同じ人が経営するグループ企業か経営統合と考えることができる。
欧州の中・近世では、常時、戦争があり、小さな所領や都市、城の奪い合いは常に有ったにも係わらず、キリスト教国同士のあからさまな征服・併合は数える程しかなく、大部分は婚姻による相続権の取得をベース(その中で継承争いはあるが)にした同君連合である。これは1つにはローマ教会が抑止力となったためであり、カトリック同士の征服は、ノルマン・コンクエストとシャルル・ダンジューのシチリア王国征服、そしてエドワード1世のウエールズ併合とスコットランド併合未遂くらいであろう。
婚姻による女系相続の主な大きな例を以下に挙げてみよう。プランタジネット家のイングランドとフランスの半分近くの領有、神聖ローマ皇帝ホーフェンシュタイン家のシチリア王国の領有、ブルゴーニュ公家のブルゴーニュからネーデルラントの領有、そして、ハンガリー、ボヘミア、ポーランドはしばしば同一の君主になったが、その後、神聖ローマ皇帝のルクセンブルク家やハプスブルク家がその君主となり、やがてハプスブルク家がハンガリー、ボヘミアを世襲し、それはオーストリア・ハンガリー帝国まで続いている。ポーランドはリトアニアとの連合国家となり、アラゴンとカスティラは連合してスペインになり、さらにハプスブルク家がネーデルラント、スペインを領有した。また、スコットランド王のスチュアート家がイングランド王を兼ね、最終的に連合王国(イギリス)となっている。
結婚政策はハプスブルク家だけのお家芸ではなく、ヨーロッパの中・近世にごく一般的に行われたもので、歴史の動きは王侯の婚姻関係を抜きにしては語れないのである。